【中編】ベトナム人にウェブを任せていたらウイルスが。なぜか訴えられるはめに

ベトナム(海外)で仕事

ある日、僕の旅行サイトがウイルスにやられて駄目になった。しかも、そのサイトを管理していたベトナム人エンジニアから「お前を訴える」と言われる始末。海外で仕事をすると、思いもよらないトラブルに見舞われることに。中編です。

前編はこちら

8月20日:古き友人に相談したのが転機

8月20日:古き友人に相談したのが転機
実際友人と会ったカフェ。ホーチミン2区の「ザ・デッキ」。在住者は知らない人はいない有名なカフェ

コアからのメッセージの返信はまだしていない。何が得策なのかがいまだよく分からなかったからだ。そこで、ベトナムに住む何人かの友人に当たってみたら、その内の1人が今の僕の現状を大きく変えてくれる救世主となった。
「なるほど……、それは大変だな。ベトナム人はとにかく自分で責任を取らない気質だからね」
水谷はベトナム在住歴3年のエンジニアで、去年自分の会社を立ち上げたばかりだった。僕は彼をホーチミン中心にあるカフェに誘った。冷房がいささか効きすぎていて、天井にはシーリングファンが静かに回転している、ちょっと高級なお店だ。

イメージ。実際僕も友人も髭は生えていないし、半袖短パンだ

そして、僕は言われた通りに、コアが送ってきたウイルスが入っている証拠となる画像ファイルを水谷に見せた。すると、彼は口端を持ち上げて、にっ、笑った。
「そういうことね」と彼は甘ったるいベトナムアイスコーヒーを飲んでいった。
「どういうことだ?」
「結論から言うと、お前は悪くない。確かにこの画像ファイル(正確には画像に似せたファイル)にはウイルスが入っている。でも、これはトロイの木馬の一種で、1つ感染したからって100のサイトを強制にデリートする力なんてないよ。せいぜいお前のサイトの中身を改ざんする程度だよ」
「じゃあコアが言っていたのはうそ?それともあいつも勘違いしていたってこと?」
「そのコアってやつは嘘をついているに間違いないよ。だって仮にも個人事業で起業しているんだろ。このくらいの知識はあるはずだ。お前がITの知識が少ないことをいいことに嘘ついたんだよ」
「じゃあ、これからどうすればいいかな。契約書にはコアは僕のサイトをウイルスやハッカーから守る義務があるって書いてあるから、僕に非はないよね」
「ちょっと待ってろ」水谷はそう言って、おもむろに短パンのポケットからスマホを取り出して、なにやら電話をかけはじめた。そして15分ほど経ったあとだろうか。水谷は電話を切って、もう一度、先ほど見せたときと同じように口端をくいっ、と持ち上げて小さく笑ってみせた。
「いま日本にいる弁護士に電話してみた。そしたら、やっぱりにお前は過失はほぼゼロ。いいかよく聞け。お前はサイトを運営しているだけであって、ITの知識は乏しい。だからこそコアがお前のサイトを保守管理しているんだ。もっといえば、お前みたいなサイトを管理したいけどそのスキルがないやつを顧客に抱えているのが、俺たちIT企業だ。ここまではいいな?」
「うん」僕は端的に頷いた。普段風俗の話しかしない水谷が非常に頼もしく見えるのはきっと気のせいじゃない。僕はそわそわして手の平を握った。

「そういったITに疎いやつがサイトをいじくっていたら、そりゃときおりウイルスの1つや2つ入ってくるもんなんだよ。でも、保守管理するエンジニアのパソコンには有料のセキュリティソフトを入れているし、バックアップも含めてほぼ完ぺきだ。だから、もしお前がもとから入っているウインドウズディフェンダーでもいれていたら、お前は自分でできることはやったとみなされる。逆にコアってやつは、責務を怠ったってなるんだよ」
「おおっ、じゃあ逆に僕が賠償請求をできるってことだよね」
「もちろん。ただこっからはベトナムの法律になってくるから、俺もよくわからん。知り合いのベトナム人に弁護士がいるから、彼に相談してみてくれ」
僕の心配は一気になくなり、むしろコアへの怒りが込み上げてきたほどだ。

8月25日:弁護士と面会して思いもよらぬことに

水谷が紹介してくれたベトナム人の弁護士との面会の日がやってきた。ベトナム人弁護士は日本語もうまいそうだが、念のため通訳としてベトナム人の妻も一緒に来てもらった。前回と同じカフェだったが、今回は窓際のテーブル席を予約しておいた。窓の外には雄大なサイゴン川がよく見える。
「話はミスター水谷から聞いているよ。すまんね、ベトナム人が今回迷惑をかけて」
「いや、君のせいじゃないよ。ただ、正直どうしたらいいか分からないし、いまになって怒りもある。相手は僕に損害賠償を請求する、なんて言っているけど、僕の方こそ請求したい」
「ああ、分かるよ。この手の相談は最近増えてきたからね。でもね、残念なことにベトナムはまだITに関しての法整備がされていないから、結果がどうなるかが予想しづらい面があるんだ」
「つまり、僕が負けるかもってこと?」妻がギロッと弁護士を見やった。
「ウイルスが入っているファイルが君のものである以上、相手(コア)はそれを武器に損害賠償を請求してくるだろう。水谷からこのファイルの性質は聞いているし、私もこのファイルでサイトを消す効力はないとみている。でも、実際法廷でそれを証明できるかどうかだ。また、彼は自分の損害金額は電卓で打てるけど、君の損害はいくらだ?」
「サイトの損害は僕が書いた記事代とかバナー代とか、予約が来るはずだったから手数料かな」
「でもそれらをしっかりと数値化することは難しいだろうし、サイトが消えたからお釈迦になった予約手数料ってのも値段はあいまいだ」
「だから、私たちが負けるってことを言いたいの?」とついに妻が声を張り上げた。弁護士もびくっとして慌てて両手挙げて妻を制した。
「負けるとは言っていない。でも仮に買ったとしても、請求した損害賠償は受け取れない確率が高い」
「どういうこと?」

コアの現状を把握したとき、冷や汗がでた

コアの現状を把握したとき、冷や汗がでた

「コアのことは少し調べておいたよ。彼は個人事業で自宅を職場にしている。しかも職場兼自宅はホーチミンから2時間ほど離れたタイニン省だ。十中八九彼に何万ドルの損害賠償を払う能力はないよ。となると、彼は損害賠償を分割で支払うことになります。しかし、彼は払いたくないから払わない。そうなると、君は彼に強制的に支払わせるために、毎月裁判を起こす必要がある。弁護士費用とか手間を考えたら割に合わなすぎるよ」
「じゃあ、諦めるのが一番の得策?」
「まあ、そうだね。でも君たちは急いだほうがいい。今一番怖いのは、彼がとんずらすることだよ。だって彼は100の顧客を持っているんだろ。私が調べたところ、その中にはそこそこの企業もあった」
そこまで言われて、僕はようやく事の重大さを理解した。僕は有利になんて一度も立っていなかったんだ、と。

僕がとるべき道は……

「サイトを消された他の企業がコアを訴える可能性がある、ってこと?」僕は重い口を開いた。弁護士はうん、と頷き、妻の方を見やった。妻はまだよくわかっていないようだ。
「もし大きなサイトが消えてしまっていたら、その企業は確実にコアを訴えるだろう。コアは企業に払う賠償金なんて持ち合わせていない。タイニン省の自宅を売ってもまだ足りないだろうね。だから、彼は夜逃げするしかなくなる」弁護士はそう言って天井を仰いだ。もう帰りたい、そう思っているんだろうな、と僕は思った。
「夜逃げされたら何がやばいの?裁判しないんだったら、それはそれでいいんじゃない?だって負ける可能性もあるんでしょ」と妻が言った。
僕はふーっと、大きなため息をついて、それが妻を苛立たせてしまったもんだから、僕は慌てて説明した。
「サーバーもサイトのログインIDとパスも、すべてコアが握っている。ずっとコアを信頼してきたし、僕はITについて知識がないから、ログインIDやパスも聞こうともしなかったんだ」
「つまり?」と妻が焦れた。今度は僕が天井を仰ぐ番だ。
「つまり、彼が夜逃げしたり、音信不通になってしまうと、僕はサーバーにログインすることはできないし、サーバーやサイトを移動することもできないってこと」。
ようやく妻も状況が呑み込めたようだ。

つづく

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